2012年01月26日

異なる意見を尊重するということ

今回、他人の目には私の言動はかなり暴走気味に写っているはずだ。私個人は3歳未満は1級認定を受けにくいと聞いたら、それを避けるタイプの考えを持っている。今回の件も、ああやはり、と思ってもいる。だから、わざわざ無理気味の申請をするのが悪いと考える人がいるのも想像できる。

だから、申請したのが私なら諦めるところ。実際に苦労しながらやってくれたのは妻。そしてこの結果に失望の気持ちをみせていた。私とは違う考えで子を思っていると感じた。夜中もーちゃんが泣いたりすると、妻は身体をびくっとさせて飛び起きることがある。

私は息子に大丈夫だよと語りかけ、安心させることが大事だと考えている。だから、びくっと不安に飛び起きることはない。妻は違う思いでむすこの事を気遣ってくれている。違う方向から二人でこの子を見守ることができる。お互い一人では気づかない所をカバーできる。違う考えは大事だ。

無闇に和を乱すのではない。和というのは、理がかなった違う考えを尊重することでもあるはずだ。前例踏襲というのは無難かもしれないが、しらないうちに過ちを犯すことになっている場合もある。違う考えは、間違いを照らし出してくれる事を、私は経験で知っている。

右にならえで同じ考えでやることは、チームワークにはいいだろう。ただし、間違っていたら全員が失敗する。後先考えない突撃のようだ。今の日本社会はその欠点が顕じゃないか。思考停止した、理由も定かでない前例踏襲。なぜ、それが無難だと思うのか。

私はなぜ無難だと思ったのか。3歳まで待って申請して1級認定を受ける確たる理由はない。2歳では無理だという噂はある。だが、リハビリは早いほどよいと聞く。すると、この申請が無理だと思えない。意味もある。違う考えの賜物だと思う。

3歳まで待って申請するか、必要であるなら取り敢えず2級で認定を受け、それで困ることがあるなら再申請。そういうやり方も確かにある。しかし、なぜそんなやり方をするのか。申請には税金が使われている。前例踏襲というだけの理由で、公費負担の診断書を何度も取得させるのか。

3歳になるまでに1級の身障者申請。それは少し違う考えだが、理はかなっていると思う。そして、この考え方は尊重すべきだと思っている。
posted by いしのひげ at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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