2011年05月25日

吉野弘と愛と生命と明日と

mixiの知り合いの方が吉野弘さんの詩を紹介していた。コピーさせていただいたのは別の方のホームページであるが、内容は同じ。mixi内部のページだと部外者はリンクをクリックしても閲覧できないのだ。


祝婚歌  吉野弘

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい


完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい


二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい


互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで 疑わしくなるほうがいい


正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい


立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい


健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい


そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

http://chobi256.blog108.fc2.com/blog-category-4.html


「二人が睦まじくいるためには、愚かでいるほうがいい、立派すぎないほうがいい」っていうのがいい。

それとは別にこんな歌もある。


生命は 吉野弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする


生命はすべて
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ


私は今日、
どこかの花のための
虻(あぶ)だったかもしれない
そして明日は
誰かが
私という花のための
虻であるかもしれない

http://chobi256.blog108.fc2.com/blog-category-4.html


欠けているから満たされる。満たすのは己ではなく、知らない誰かが補填する。
そこにドラマやロマン、ダイナミズムが生まれるのかもしれない。


奈々子に  吉野弘

赤い林檎の頬をして
眠っている奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そくっり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。



お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。


ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。


自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。


自分があるとき
他人があり
世界がある


お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた


苦労は
今は
お前にあげられない。


お前にあげたいものは。
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。

http://chobi256.blog108.fc2.com/blog-category-4.html


切実に思い、願うことだ。「お父さんが お前にあげたいものは 健康と 自分を愛する心だ。」

どれも気づいたとしても忘れやすいことが歌になっている。何か劇的なことはどこにも歌われていない。
posted by いしのひげ at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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