2010年12月21日

成長と年を経るということ

成長。その中にはただ年を経ているだけというのも、含まれる。

本人は成長している実感はない。ただ何年か、十数年かを過ごしただけのつもり。なんら、変わらない自分。やや年をとっただけの自分。

ところが、そんな認識でいれば、周りからとんでもなく冷酷な仕打ちを受ける羽目になる。ひどい扱いを受けなければ、それは極めて幸運か、全く相手にされていない不幸かのどちらかだ。

10歳の少年と20歳の青年、40歳のおじさん、おばさん、70歳の老人が同じようなことをしたら、どう感じる?
いやな感じだとは思わないか。

本人は変わらない。成長していないと思っているとしたら、他人はそういう風景をたくさん見る羽目になる。
馬鹿げているとは思わないか。

年をとること。実はそれだけで成長するのだ。本人の意思とは関わりなく。

毎日冷たく扱われていると感じる貴方。貴方は成長しているから、周りからそう見られているから厳しく接せられる。

私も、ある時期そんな苦しみを感じて生活をしていた。その時はよくわからない。冷たい仕打ちに、孤独を増していく。誰からも愛されないと考え違いをする。

だが、30歳のおっさんを20歳の若僧と同じ扱いはしない。それこそ失礼だ。30歳にはそれなりの礼儀を払うし、それなりの言動を求める。それだけのことだった。

もーちゃんはゆっくりと成長している。一歳を過ぎたが、実質四ヶ月くらいだろうか。周りからは一歳として扱われるだろう。また、彼の体も一歳の行動を期待しているはずだ。体を動かさないことに、体は不満を感じているのだ。全ては絶えず一つ所に留まらないからね。

もーちゃん、前に進もう。
posted by いしのひげ at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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