2009年12月21日

城塞 司馬遼太郎

もーちゃんが入院していた病院からは大阪城が見えた。我が家から東に望むと生駒山が見える。

城塞は江戸時代初期の豊臣家滅亡のお話だ。舞台は大阪城。冬の陣と夏の陣で有名な戦いだ。戦いとはいうものの勝敗は初めからわかっていたのだ。徳川家康率いる日本全国の大名連合軍対大阪城に籠もる豊臣秀頼。

イラク戦争と変わらぬ。

圧倒的な戦力差だ。

冒頭、生駒から眺める摂河泉の風景が描かれる。司馬は東大阪に暮らした。彼の眺めた大阪の風景と生駒からの風景には大きく変わりはない。
愛した風景だったのだろう。

そして、秀吉を愛した人たちが残した家康への恨みは、この土地に伝承されたのだ。
年老いた秀吉が幼い一人息子の秀頼の将来を託したのが家康だったが、家康の政略に翻弄され滅びへの道を駆け下る。執拗で抜け目ない徳川将軍の罠からは、逃れ得ないものだった。

そういう土地を思い浮かべ、過去の時代を歩くように、摂津、河内、和泉の土地が描かれていく。

大阪冬の陣で有名な戦場は、真田山と茶臼山くらいしか、覚えていない私だった。馴れ親しんだ街であり、そのラインの先に、大阪城がある。
真田幸村が家康を困らせた話は有名だから。そういう小説をなんどか読んだから。

京橋側でも戦いがあったのだというが、歴史の授業でも全く聞いた覚えはない。今福、鴫野あたりで激しい戦いをしたらしい。

出てくる地名を見ながら、大阪を歩きたくなる。

井伊はここに陣を張ったのか、藤堂はここ。そうか、あのあたりで後藤又兵衛は屍となったのか。などと。

だが、お話自体は苦しいばかりで、救いを感じられない。時代が変わるときには、こういう戦があるのだ。江戸の終わりには白虎隊で有名な戊辰戦争があった。
戦力差は明らかだが、古い時代に殉じるために戦ったような人々がいた。

ふと

秀吉と秀頼のことを、私ともーちゃんに重ね合わせていた。あるいは、家康と秀忠に。
posted by いしのひげ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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