2009年12月16日

凍 沢木耕太郎

登山家の山野井泰史、妙子夫妻のお話。

沢木さん好みの、蹉跌話だなと思った。

山野井はヒマラヤに近いギャチュンカンという8000mにわずかに足りない山に挑む。少人数で酸素ボンベなしの登頂に挑む。8000mになんの意味があるのかは登山家にしかわからないんだろうね。それだけの高さの山が少ないということか。

山に登った経験がないと知らないことって結構ある。高い山では、ガスライターが使えない。水の沸点が低いから、ごはんを炊いても生煮えになる。フリーズドライの食事をする。酸素が薄くなり、気分が悪くなる。
冬山だと、ふつうの靴では登れない。アイゼンというスパイクみたいなものを靴に取り付ける。
高峰の場合、ただ山に登るといっても断崖をよじ登る必要があったりする。ロッククライミングだ。それも氷の壁で。

本書を30ページも読むと、山野井はともかく、奥さんの妙子さんという方はどんな女性なのかが気になり始めた。
女性では世界トップクラスの登山家。無酸素で女性二人で8000m級の山に登りきったのだそうだ。が、手足の指がない。凍傷で切り落とすことになったのだとか。

正直、想像さえしたことがない。

どんな方なのかが知りたくなり、本書を山野井妙子を知るためだけに読んでいた。

山野井はギャチュンカン北東壁を単独登頂するはずが、壁の状態を見て断念する。そのかわりに北壁を夫婦で登ることにした。だが、高高度では妙子は食事をとれなくなり、途中までのアタックになる。結果としてギャチュンカンの登頂は山野井一人で果たす。

ところが

下降で二人は気象遭難する。天気が荒れ、ビバークを強いられる。雪崩に遭う。壁に張り付いた状態での雪崩だ。身動きがとれない。
やがて低酸素のため、二人は視力を失っていく。かなり厳しい。

なんとかベースキャンプにたどり着くのだが、二人は大きな代償を払うことになった。
妙子さんは凍傷で第二関節まで指を失っていたが、すべての指を失う。山野井も指を失い、壁を登ることはできないんだろうと考えたらしい。

だが、二人は再び登る。

読後、私はこの不屈の原動力はどこにあるのだろうか、と考えた。
失われたものは大きい。かつてのようにはいかないかもしれない。思うようにならない自身の体に苛立つかもしれない。

そして、そこまでして何故山に固執するのだろうか、と考えた。
そこに山があるからとは有名な回答だが、それでは足りない。手足の指を失い、死の淵を見てまで山を登る。それはどういうことか。

この作品だけでは、足りない。もっと知りたいと感じた。
posted by いしのひげ at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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