2009年04月30日

危機の宰相を読み終えて

読後、一番の感想は「なぜ」だった。

お話の時代は1960年前半。雑誌掲載が1977年。単行本になったのが2006年。取材され雑誌に掲載されるまでに10年以上経つのはわかる。それが単行本になるまで30年とは、なぜか?

無名作家なら、仕方ない。また、固い内容を扱わない作者なら、仕方ない。テロルの決算を単行本にした作者であれば、この内容でも問題はないだろう。浅沼社会党委員長暗殺事件の本だからね。
文藝春秋は保守系だし、保守政党について書かれたルポなら、違和感もない。

なぜ、本にしなかったか?なぜ、今頃本にしたのか?

後書きを読み終えても、しっくりこない。疑問は解消されない。

池田勇人は、自民党でも右寄りの政治家の印象がある。岸信介よりはましだが。右派だと記憶していた。
貧乏人は麦を食えと言ったと喧伝されていたからだ。
その記憶で、私は好意を持たない。今でも変わりはしない。

1977年の雑誌掲載時は、反池田はかなりいただろう。京大卒、官僚出身のエリートで、麦を食え発言。間違いなく嫌われていたはずだ。

沢木は中立な立場だが、この本が当時出版されていたなら、彼に思想的に右よりの色づけがなされたかもしれない。
ことによれば、朝日新聞に「一瞬の夏」が連載されなかったかもしれない。

作家としての自由を守るために、出版を見送ったとも思える。

社会が、保守か革新かを問う二元論から脱却するのを30年、待ったということだろうか。

今となっては、そんなんどっちゃでもええことやけど、 なあ。

作中、下村が「死ぬなら職場で死にたい」と語り、実際に田村、池田は病に倒れ逝く。
あしたのジョーではないが、真っ白な灰になることを望んだ男たちの話だった。
posted by いしのひげ at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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